資金繰り改善のために、社員の給与を減らすことを考える経営者は多いかもしれません。
しかし、労働基準法などの法令により、会社都合での減給は簡単ではありません。
ここでは、社員(正社員)の減給をしたい場合に、法務トラブルを避けるためには、どのように進めていくべきかをみていきます。
この記事は弁護士の内田裕之氏が監修しています。
正社員のコスト
地域や業種にもよりますが、年収300万円(月収25万円)の正社員を1人雇用するためのコストは、社会保険料や交通費といった人件費関連のコストだけでなく、システムの利用料やPC、デスクといった物理デバイスまで含めると約400〜500万円程度が一般的です。
2人雇えば1,000万円、20人雇えば1億円のコストが無条件にかかっていきます。しかも、昇給や昇格といったインセンティブを考えればそれ以上です。
とはいえ、従業員を会社都合で解雇するのは法的にも心理的にも難しい仕事になることが多く、減給でのコストダウンを考える経営者は多いでしょう。
正社員の減給に関する法律
ここではまず、正社員の減給に際して、どのような法律があるかを確認します。
労働契約法 第8条;労働条件(給与)の変更は一方的にはできない
雇用契約は労働「契約」であり、労働契約法8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」と規定しています。給料(賃金)は労働条件の1つですから、給料の減額を行うためには、会社と従業員が合意をすることが原則です。
例えば、業績が悪化したから、資金繰りに懸念があるから、という理由で会社が労働者の合意を得ることなく一方的に給料を減額することは、違法となる可能性が極めて高いです。
労働契約法 第9条・10条;就業規則の変更は合理的に
労働契約法第9条では、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」と規定されています。
ただし、労働契約法第10条で「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。」とされており、合理的な変更であれば、就業規則の変更による減給が認められることになります。
下の判例によれば、以下の基準を満たすことが合理性の判断基準とされています。
- 変更の必要性:企業運営において必要不可欠であること。
- 不利益の程度:労働者にとっての不利益が最小限であること。
- 内容の相当性:変更後の規則の内容が社会一般の水準に照らして相当であること
- 代替手段:他に穏当な方法がないか検討されたこと。
- 労使協議(交渉の経緯):労働者との事前協議や合意を図っていること。
判例(不利益変更に関する重要判例)
最判昭和63年9月9日 第一小法廷判決(秋北バス事件)
具体的に減給をする4つの方法
該当する正社員と個別に合意する
労働条件を変更する場合、従業員本人との合意が必要です。労働契約の内容である賃金を減額するには、個別に話し合いを行い、同意を得ることで法的に問題なく減給を進められます。
進め方のポイント
- 変更内容(減給額、期間、理由)を明確に説明する。
- 従業員に納得してもらい、同意書を作成・署名してもらう。
- 同意がない場合、減給は原則として違法になります。
- 一方的な同意の強要は無効です。
就業規則を変更する
就業規則による不利益変更は、上述した通り、合理性が求められます。ただし、個別の合意と異なり、給料の減額に反対する従業員に対しても、就業規則の変更によって給料の減額を実現することが可能です。
進め方のポイント
- 減給の必要性を説明し、労働組合または従業員代表と協議する。
- 変更後の就業規則を全従業員に周知する(書面交付や説明会の開催など)。
- 改定後の金額、対象行為を具体的に記載する。
就業規則に定める降格を実行する
就業規則に「降格に伴う給与の変更(役職手当の減額など)」が定められている場合、降格処分によって結果的に減給を行うことが可能です。
進め方のポイント
- 降格の理由が就業規則に記載されているかを確認する。
- 降格の理由や対象者に対して、事前に説明を行い、納得を得る。
- 降格処分後の給与体系が法律に則していることを確認する。
懲戒処分をする
労働基準法第91条に基づき、従業員が重大な規則違反や不正行為を行った場合、懲戒処分として減給を行うことが認められています。ただし、処分の合理性、相当性を検討の上、対応に当たる必要があります。
進め方のポイント
- 事実確認:対象となる従業員の違反行為や問題行動を調査し、証拠を集める。
- 懲戒処分委員会の設置(任意):重大な処分の場合、委員会を設けると公平性が保たれます。
- 本人への通知・弁明の機会の提供:対象者に処分内容を通知し、反論や意見を述べる機会を与える。
- 処分の決定と実施:減給額が労働基準法第91条の制限を超えないことを確認して処分を実施。
- 注意点
- 懲戒処分が就業規則に明記されていない場合、法的に無効となる可能性があります。
- 処分が過度に重い場合、従業員から不当処分として訴訟を起こされるリスクがあります。
制裁による正社員の減給と限度額
労働基準法91条では、減給額の限度が以下のように定められています:
- 一回の減給額:平均賃金の一日分の半額を超えてはならない
- 総額:一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない
減給が難しそうなら?代替案の考え方
このように、減給は法的なトラブルを避けるために配慮しなければならないことが多いです。コスト削減の方法として人件費を下げる代替案もあわせて検討しましょう。
残業時間の削減
- 残業代(時間外労働手当)の削減を目的とする。
- 残業規制を設け、効率的な業務運営を図る。
業績連動型の給与制度導入
- 固定給の割合を減らし、業績や成果に応じた変動給にする。
- 例:基本給を抑え、インセンティブやボーナスに重点を置く。
雇用形態の見直し
- 正社員から業務委託への変更を勧奨する。
退職勧奨・希望退職制度の実施
- 退職希望者に対して優遇条件を提示し、人員を整理する。
- 退職金の上乗せや転職支援を行う。
ボーナス・賞与の見直し
- 業績が悪化した場合、ボーナス・賞与の支給額を減額または停止する。
最後に
減給は従業員にとって経済的な負担となり大きな影響を与えるところですので、会社からの一方的な減額を行う場合には、法律に違反しないように対応を図る必要があります。就業規則の事前の定め、従業員からの同意の取り付け、就業規則の変更についての慎重な検討、などを踏まえながら、従業員のフォローも考慮に入れて対応に当たる必要があります。